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福岡地方裁判所 昭和41年(行ウ)13号 判決 1969年2月27日

原告 中村護 外七名

被告 香春町長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告が昭和四〇年二月一四日付仮契約に基づき訴外日本セメント株式会社との間で締結した別紙目録記載物件の売却処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告らは福岡県田川郡香春町の住民であり、且つ香春財産区の住民である。

二、別紙目録記載の土地および鉱業権(以下本件区有財産という)は香春財産区の区有財産であるが、被告は昭和四〇年二月一四日訴外日本セメント株式会社との間に右財産の売却につき仮契約を締結し、香春町議会の議決を経たうえ福岡県知事の認可を受けている。

三、然しながら本件区有財産の売却処分は次のとおり違法である。

(一)  被告のなした本件売却処分には権限濫用の違法がある。すなわち、前記仮契約によれば、訴外日本セメント株式会社は香春町に対し代金一、八〇〇万円を支払うこととされているが、本件区有財産については既に昭和三一年以来全町を挙げて訴外三井鉱山株式会社のセメント工場誘致に努力し町としても多額の費用を支出して来たものであつて、その結果同会社は本件区有財産を代金二、二〇〇万円で買受ける旨の条件を提示していたにも拘らず、被告は右のような事情を秘して財産区管理会および同区会において単に前記日本セメント株式会社に代金一、八〇〇万円で売却する件のみを議案として提出して多数でこれを議決し、右財産処分の同意の下に町議会の議決を経たうえ前記福岡県知事の認可を受けるに至つたものである。

元来町が三井鉱山株式会社のセメント工場誘致を希望したのは従前から香春財産区の区有財産であつた一の嶽および二の嶽の採石権ならびに採石用地を日本セメント株式会社に売却しているところから、同会社の独占化を避け、三井鉱山株式会社との競業により区民の就職の利便等住民の福祉増進を図る目的に出たものであつて、被告がこのような従来の経緯を無視して突然日本セメント株式会社に売却しなければならない合理的理由がなく、両社競願の場合は少くとも指名競争入札等公正な方法によつて納得のゆく価格を定めるべきであり、また本件区有財産には香春町下香春部落民が旧来の慣行により秣、薪炭、石灰の採取等公有財産の使用権を有しているところこの点については何らの考慮も払われていない。

従つて被告の本件売却処分は区民の利益に対する慎重な配慮を欠き、これに対する反対意見を参酌することなくなされた点において権限濫用の違法な処分であるといわねばならない。

(二)  本件売却処分には財産区会を構成する各部落の総意に基づかずになされた手続の違法がある。すなわち、本件区有財産は昭和七年三月一八日田川郡香春町部落有林野整理統一に際し、香春町に統一されたものであるが、香春財産区会々則第二一条は、右財産を処分する場合には前記整理統一の際の協定書に従うものと定めて単なる区会の運営とは別個に処理することを明らかにし、且つ区会は昭和三二年五月二四日香春財産区管理委員会との間に、区有財産の処分については区会の同意を要することを約している。従つて本件区有財産の処分については区会を構成する各部落の総意によることを要するところ、昭和三八年一〇月七日香春財産区会において売山交渉の集約確認をした際には多数決に従うとするもの二地区、保留一地区、反対一地区で、賛成は一〇地区に過ぎず全部落の賛成を得ていないから財産区会全体委員会において決議しても前記統一協定に反し無効である。そしてこのような重大な瑕疵は区管理委員会および町議会の議決に影響を及ぼすものであるから本件売却処分は無効であり、このことは福岡県知事の認可書添附書面に部落民全体の納得を得るよう財産区管理委員会および町長宛依頼していることからも明らかである。

四、原告らは昭和四一年三月二二日香春町監査委員に対し地方自治法第二四二条に基づき監査請求をしたが、監査委員は同年五月二二日原告らに対し、被告の違法、不当行為に関する措置請求が期間の一年を経過しているため監査請求の対象とならない旨監査の結果を通知した。然しながら本件区有財産売却処分は県知事の認可により効力を生ずるものであるから、右監査当時は未だ一年の期間内であり、したがつて右監査の結果は違法に原告らの請求を拒否したものである。

五、よつて原告らは地方自治法第二四二条の二の規定に基づき被告がなした本件区有財産売却処分の取消を求める。

と述べ、被告の本案前の申立に対する反対主張として、

一、被告香春町長は香春町の代表者として香春財産区の財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止をなす権限を有し(地方自治法第二九六条の三第一、二項)、また財産区の財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止については同法中地方公共団体の財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止に関する規定によるべきものとされている(同法第二九四条第一項)から、したがつて被告香春町長がなす香春財産区の区有財産の管理及び処分行為は当然同法第二四二条の住民監査請求及び同条の二の住民訴訟の対象となるものである。

二、本件区有財産の売却処分は行政処分の性質を有する。すなわち、本件区有財産については前述のとおり香春町下香春部落の部落民が旧慣による秣、薪炭、石灰等を採取する権利を有しているので本件売却処分においては特に明示されていないけれども、これによつて右旧慣による使用権の廃止処分が併せなされたものである。また仮に売却処分に私法の適用があるとしても、財産区有財産の処分については財産区管理会の同意及び財産区設置の趣旨を逸脱する虞れのあるものについては予め知事の許可を受けなければならず(同法第二九六条の三、同条の五第二項)更に処分をなす際には町議会の議決を要する(同法第二三七条)ものであるから、右のような強行法規の制約の下になされる売渡しは一種の行政処分と解し得る。もしそうでないとすれば財産区に居住する原告らには住民としての資格において被告の違法な行為を是正する方法がないこととなつて民衆訴訟の根本が失われる結果となるのみならず、地方自治法第二四二条の二の規定の改正前においては公有財産の売渡処分も住民訴訟の対象とされていたものであるから、これを右改正により制限するに至つたと解するならば、斯かる制限は憲法第九二条および第三二条に違反するものといわねばならない。

と述べた。

被告訴訟代理人は、

一、本案前の申立として「原告らの本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、その理由として、原告らの本件訴は次のとおり不適法である。すなわち、

(一)  地方自治法第二四二条の二に規定する住民訴訟の提起が許されるのは普通地方公共団体の財務に関する違法な行為の存する場合であつて、本件の如く普通地方公共団体とは別個独立な特別地方公共団体である財産区については許されないと解すべきである。けだし財産区の事務内容は区有財産の管理処分に尽きるのであつて、仮に管理処分が適正でなかつたとしてもそれは財産区内部の問題に過ぎず、これによつて普通地方公共団体の利益が害されしたがつてまた当該普通地方公共団体の住民の利益が害される性質のものではなく、住民訴訟を認める実質的な必要性がないからである。

(二)  住民訴訟により取消しを求め得るのは行政処分たる違法な行為に限られ売買契約等の私法上の行為は取消しの対象となり得ないものであるところ(地方自治法第二四二条の二第一項第二号)、原告らが本訴において取消しを求めているのは香春財産区と訴外日本セメント株式会社との間において締結された本件区有財産の売買契約であつて行政処分ではないから、本件訴はこの点においても不適法である。

(三)  原告らは本件訴の被告を香春町長としているが、原告らが取消しを求めている売買契約は本件区有財産の所有者たる香春財産区がその一方の当事者であつて、香春町の執行機関としての香春町長は当事者ではない。したがつて本件訴は被告適格を有しない香春町長を被告としている点においても不適法である。

よつて本件訴は不適法として却下さるべきである。

と述べ、

二、本案に対する答弁として「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、請求の原因に対する答弁並びに主張として、

(一)  請求の原因事実中、原告らが香春財産区の住民であること、香春財産区の管理者としての香春町長が財産区会および同管理会の同意を得たうえ昭和四〇年二月一四日訴外日本セメント株式会社との間で、本件区有財産を代金一、八〇〇万円で売却する旨の契約を締結し、香春町議会の議決および福岡県知事の認可等の手続を経たこと、本件区有財産につき旧香春町下香春部落民が秣、薪炭を採取する慣行があつたことおよび原告らの監査請求に対し、一年の期間を経過しているため監査の対象とならない旨の監査結果の通知があつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  本件区有財産売却処分の経緯は次のとおりであり、何ら違法の点はない。本件区有財産を含む香春岳はセメントの原料となる石灰石の山で以前から日本セメント株式会社がその麓に工場を建設しセメントの生産を行つていたが、昭和三五年地元の香春町では不況の石炭産業に代るものとして新たにセメント工場の誘致を積極的に推進しようとしていた矢先、三井鉱山株式会社より同町内にセメント工場を建設する前提で本件区有財産払下の申請がなされた。そこで香春町としては町執行部、議会を挙げて三井セメント工場進出に協力し、その間他社からの払下出願も保留してまで三井セメント工場の実現に努力したのであるが、昭和三八年二月に至り同社の内部事情のため当分の間工場建設の見通しがつかない事態となつた。地元の町や財産区としてはこれまで工場建設を前提として種々協力をしそのための出費もあるところ同社の一方的な内部事情によつて建設が中止されたのであるから、相当な補償をして貰えるならば四、五年先とも予想される工場建設まで同社のために本件区有財産を確保しておいてもよいとの意向で数ケ月にわたり同社と交渉を続けたが結局話合いは不調に終つた。よつて香春町および財産区としては三井鉱山株式会社との交渉を打切り、これと相前後して払下の申請をしていた日本セメント株式会社に対し本件区有財産を払下げることについて、香春財産区会および同管理会に諮つた結果大多数の同意を得たので、本件区有財産を日本セメント株式会社に払下げることとし、昭和四〇年二月一四日香春財産区と右会社との間にその旨の契約が締結され、次で香春町議会の議決および同年七月二〇日には福岡県知事の認可を経て右契約は効力を発した。

以上のとおり本件売却処分は適法になされたものであつて原告らの主張は理由がない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告らの本件訴は以下に述べる理由によつて不適法として却下を免れない。

(一)  先ず被告は、地方自治法第二四二条の二に定める住民訴訟は普通地方公共団体の財務に関する違法な行為に対してのみ許され、特別地方公共団体たる財産区についてはその準用がないから本訴は不適法である旨主張するけれども、財産区の財産の管理処分等については普通地方公共団体の財産の管理処分等に関する規定が適用されるのであつて、(同法第二九四条第一項)財産区の財務に関する行為についても、その公正な運営を期し財産区に居住する住民の一般的利益を保護するために客観的訴訟としての住民訴訟を認むべき必要があることについては他の普通地方公共団体の場合と異別に解すべき理由はないから、同法第二四二条の二の規定は財産区についても準用があるものと解するのが相当である。

(二)  次に被告は、本件区有財産の売買契約の当事者は香春財産区であるのに当事者でない香春町の執行機関たる香春町長を被告としたのは被告適格を誤つたものであるから不適法であると主張する。しかしながら財産区の財産の管理及び処分又は廃止については当該市町村長が管理者としてこれをなすのであるから(地方自治法第二九六条の三第一、二項)、右財産に関する訴訟においても市町村長が当然被告となると解すべきであり、従つて本件区有財産の売却処分の取消を求める本件訴において香春財産区の管理者たる香春町長を被告としたのは正当である。

(三)  更に被告は、本件区有財産の売却処分は私法行為であるから、地方自治法第二四二条の二第一項第二号の取消の対象となり得ず、本件訴はこの点からも不適法である旨主張する。よつて判断するに、本件区有財産の売却処分行為の性質は、特別地方公共団体たる香春財産区が私人たる訴外日本セメント株式会社と対等の地位において、その一方の当事者として締結した売買契約であつて、何ら公権力の行使に関するものではないから、従つて私法上の売買行為と解するのが相当である。

もつとも財産区の区有財産を処分するについては、財産区管理会の同意並びに議会の議決を要するほか更に都道府県知事の認可を受けなければならない場合もある等私法上の売買行為には見られない公法的制約が存するけれども、(地方自治法第二六六条の三第一項、第二九六条の五第二項、第二九四条第一項、第二三七条第二項、第九六条第一項第七号等)これらは地方公共団体における内部意思の決定又は財産区の事務の公正な運営確保のための規定であつて、これにより本件区有財産の売却処分が私法上の売買行為たる性質を失うものではないと解すべきである。

これに対し原告らは、本件区有財産売却処分は同時に旧慣による公有財産使用権の廃止処分を含むものであるから、この点から行政処分である旨主張する。そして旧香春町下香春部落民が本件区有財産につき秣、薪炭を採取する慣行があつたことは当事者間に争いがないところである。しかしながら本件区有財産の売却はなるほど右部落民の使用に供することを廃止する結果となり、従つて本件売却処分は同時に右慣行による公有財産使用権の廃止処分たる性質をも有することゝなるけれども、これは本件区有財産上に偶々慣行による公有財産使用権が存在していたゝめ、右売却行為と廃止処分とが一個の手続としてなされたことを意味するに過ぎず、右廃止処分は本件区有財産の売却行為とは別個独立の、行政処分たる性質を有する行為であつて、それ自体独立に行政訴訟の対象となり得るものである。ところで本件訴において原告らが取消を求めているのは右の二個の処分のうち本件区有財産の売却行為それ自体のみであつて、慣行による公有財産使用権の廃止処分について取消を求めていない趣旨であることは弁論の全趣旨によつて明らかである。

してみると、右廃止処分が行政処分であり本件売却行為がこれと一個の手続としてなされたからといつて、そのため右売却行為の性質が行政処分となるものではなく、従つて地方自治法第二四二条の二第一項第二号に定める取消の対象となり得ないものといわねばならない。(なお原告らは、昭和三八年の改正前の地方自治法第二四三条の二は公有財産の売渡処分をも住民訴訟の対象としていたものであつて、右改正によりこれらの権利を奪うことは憲法第九二条、第三二条に違反し許されず、現行地方自治法第二四二条の二第一項が定める四種の請求の態様は例示的なものに過ぎない旨主張する。しかし憲法第九二条は地方自治の本旨の具体的内容を立法に委ねており住民訴訟の如き客観的訴訟を提起し得る権利を与えるか否かは立法政策の問題と解すべきであるから前記の改正の如きは同条に違反するものではなく、また憲法第三二条も通常の法律上の争訟事件並びに政策上法律が特に司法権の範囲に属せしめた事項について裁判を受ける権利を保障するに過ぎないから、同様に右法条に違反するものでもない)

二、以上によれば本件原告らの訴は結局訴訟の対象を欠く不適法なものとして却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安東勝 大西浅雄 上田幹夫)

(別紙省略)

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